留年生は階段を恐れる

この記事はFUN Advent Calendar 2016 3日目の記事です。

昨日の投稿者は未来大OBのmizukmbさんでした。 順調に進めば2年後には就職を迎える私ですが、先輩方の東京での就職レポートを読む度に都会に恐怖心を抱くようになりました。 つらそう

この記事は未来大(留年)生による留年(候補)生の為の留年生活についての内容となっております。 多くの留年候補生が留年を回避する事や、留年生が有意義な留年期間を過ごす事を祈って執筆しました。

この記事を書いた留年生

  • おれお
  • 未来大13期生
  • 未来大2年
  • 情報デザインコース
  • 未来大学在籍4年目

留年記

私が入学してから3回の1年生を経て進級するまでのログです。私の情報を整理するために記述した物です。
本題は次項から始まるので読み飛ばしていただいても構いません。

1年生(1回目)

2013年の春に私は未来大学へ入学しました。浪人歴は保有していない為、当時18歳です。 大学生活は講義も寝坊する事やサボる事なくきちんと出席し、主観的ですが積極的に講義へも講義外活動していたように思っています。

学生の本業である講義については、プログラミング言語を扱って演習を行うものに関しては、好きこそ物のなんとやらという言葉を体現するかの如く意欲的に取り組み、スキルを伸ばす事に夢中になっていました。
一方で数学への取り組みは疎かにし、自宅での学習については自習を一切せずにテスト勉強は前日に一夜漬けをするような学生でした。疎かになった経緯として、講義内で小さな不明点が発生したのにも関わらず、その問題点を解消する事をしなかかったからです。結果、講義の回数を重ねるにつれて不明点は増え、理解できる点は減る一方と、既に留年の匂いを漂わせていました。

ここまで来ると辿り着く結果は自明ですが、来たるべき前期のテスト期間を迎え、私は1年前期で履修可能な数学系講義3つ全ての単位を取得できませんでした。
本学では1年次に必修科目4つの単位を取得できなかった場合、2年次に進級できません。この時点で私には既に留年へのリーチがかかりました。これまで楽観的に過ごしてきたが故に起きた自体ですが、流石に焦りを感じました。前期と後期の間にある夏季休暇で遅れを取り戻すべく、私は数学の参考書を手に実家へ帰省をしました。

夏季休暇は約2ヶ月間ありましたが、あっという間に過ぎ去りました。この期間、時間を有効に使うまでも無く自宅にて堕落した生活を過ごしていました。参考書に至っては一度も開かれる事はありませんでした。
また、この休暇で私は数学の再学習をする事以外にもう一つの目的を持って帰省をしました。それは両親に留年リーチの報告をする事です。しかし、その簡単な目的すらも私が侠者であるが故に伝える事ができませんでした。
きっとこの時は「きっとなんとか進級できるだろう」「留年回避できるだろうし、わざわざ心配をかける必要はない」という浅はかな考えが頭にあった為、相談をする必要が無いと判断したのだと思います。私は一切の目的を果たせぬまま函館へ戻り、初めての1年後期を迎える事になりました。

後期についてはとりわけ、特筆することはありません。前期の講義で理解しようとしなかった、復習もしなかった数学力を引っさげて向かった後期も案の定、履修可能な数学系講義4つ全ての単位を落とすという悲惨でもあり、当たり前でもある結果となりました。1年次で履修可能な数学系7科目のD判定を手に、私はあっけなく留年をしました。

留年をしたのでこのまま大学へ通うか、それとも退学(休学)するかを考えました。退学をした所で、社会に出てみれば私の存在はテクノロジが好きなだけの、アピールできるスキルや特技も無い高卒にしか過ぎません。選ばなければ仕事はいくらでもあるのでしょうが良い環境で働きたいという希望から、両親の許可さえ得られれば大学へ通い、学位を取得したいと考えました。留年していながらも欲は出していくという、なんとも虫の良い話です。
しかしながら、両親へこの事を相談した結果、二つ返事で了承をいただきました。感謝の言葉しかありません。こうして私は2回目の1年生へとなる事になりました。

1年生(2回目)

再び1年前期が訪れました。私は入学時より日本学生支援機構から奨学金の貸与を受けていたのですが留年をした結果、学業不振という理由から貸与を受けることができなくなりました。額は少額と言えども、前年は奨学金をあてに生活を送っていた為、いきなり貧困の道を歩む事になります。この年から携帯屋さんでアルバイトを始める事になりました。
紹介を受けてから、面接、採用、勤務までの流れには1週間もかかりませんでしたが、一方で給与の振込までの時間はとても長く、5月期の初日に勤務をスタートした私は4月及び5月の約2ヶ月間、苦しい生活を送っていました。留年した場合のお金の管理(特に年度開け)は徹底的に行った方がいいと痛烈に実感しました。

奨学金の停止を受けて始めたアルバイトですが、元々携帯が好きであり、アルバイトをするならここしか無いと考えていた場所に採用される事ができたので、とてもやり甲斐を強く持って勤務に励んでいました。
大学では人に褒められたり、必要とされる事がまずありませんでしたが、アルバイト先では社員を始め、お客様として来店されている方等の様々な方に必要とされていたように感じています。承認欲求が満たされるのが心地よく、それが原因で更にアルバイトにのめり込み、大学へ行かない日は殆ど出勤しました。扶養が外れるギリギリまで働いていた記憶があります。
承認欲求が満たされる事以外にも、アルバイト先で得られる知識が非常に多い事や待遇が良い事にも魅力を感じていました。今日現在はこのアルバイトを辞めていますが、人に胸を張って紹介できるとても良い職場です。(もし興味のある方がいれば是非連絡をください)

学業に至ってはこの半期は落とした数学系3科目及び、前述した数学系科目がある曜日の選択科目の履修を行っていました。選択科目は順調に講義を進めていましたが、やはり数学に関しては上手くいきません。留年をした身であるのにも関わらず講義への取り組みは前年と変わる事がありませんでした。結果、2科目は単位を取得できましたが残りの1科目は落としてしまいました。

後期では、取得すべき科目は4つありましたが、3科目を落としてしまいました。あと1科目取得できていれば進級という局面でしたが、その1科目が取得できず、私は再び留年をしました。過ちはいとも簡単に繰り返されました。

この1年間ひたすら悩んでいた事ですが、改めて再び大学を続けるかどうか悩みました。周囲の友人や大人と相談をすると口を揃えて大学は出たほうがいいと言われましたが、私としては辞めたいと強く思っていました。 この1年間は数学系科目だけの為に大学へ通っていた為、完全に甘えですが大学から気持ちがどんどん離れていました。好きではない数学を苦しみながら1年間取り組んできたのに、来年も数学の為に大学へ通うという事が考えられませんでしたし、とても苦痛でした。
また、辞めれば高卒の身ですが、そんな事よりもこれ以上両親に迷惑をかけて大学へ通い続ける事に抵抗があったからです。早く働いて実家にお金を落としたいと強く思っていました。
一方、当の両親は嫌な素振りを一切見せず大学へ通わせてくれる判断をしました。どんな心境なのかはわかりませんが、簡単な決断では無いはずです。両親がかけてくれた期待をこれ以上裏切らない為にも、次の1年で再び留年するような事があれば、そのときは大学を辞めるという決意と共に私は1年生(3回目)を送る事にしました。

1年生(3回目)

何故か年度の始めは留年とは関係の無い所で毎年バタバタして過ごす運命にあるようですが、この年もバタバタしていました。今度はアルバイト関係です。4月の初旬、私は働いていた携帯屋さんをクビになりました。
クビというのは語弊があるかもしれません。実の所は勤務先でアルバイトというシステムが無くなる事に伴い、働いていたアルバイトが一斉に解雇となったのです。ありがたい事に「いずれはまた雇いたい」という言葉をいただきましたが、結局は無職です。解雇予告手当を受け取ったので暫くはお金に困りませんでしたが、いずれは底を尽きてしまうので再びアルバイトを探すことになりました。

新しいバイトは何をしたいかはおおよそ決まっていました。候補先で既にアルバイトをしている知り合いに紹介をしていただき、面接を行った上で無事採用される運びとなりました。新しいバイト先はどこかと言うと、WEB屋さんです。
高校の頃からWEBが好きで、かねてより大学卒業後はWEB屋さんでお仕事をしたいと考えていた私は将来の仕事に直結したアルバイトをする事を選びました。こちらのアルバイト先では現在もお仕事をさせていただいてお世話になっています。こちらのいい点としては、学業を優先した上で勤務をさせていただけるので無理なシフトを組まされる事がありません。(携帯屋さんも希望のシフトを通してくれていました)
主にシステム系、デザイン系、フロント系といった分類のお仕事があるのですが、いずれかにでも興味をお持ちでしたら、こちらもとても良い環境ですので是非ご連絡ください。

本来は一度目の留年時に強い決意を持って学業に取り組むべきであったのですが、私は2度目の留年にして決意を固める事となりました。この年からは当たり前の事ですが、自宅での学習を行い、不明点は友人に尋ねるようになりました。順調に進級している友人なので通常の講義に加えてプロジェクト学習があったりと、非常に忙しかったでしょうが嫌な顔せずに教えてくれました。感謝の言葉しかありません。

当たり前の事を当たり前にやっていたので特に加えて記述する事はありませんが、この年で全ての単位を回収して無事進級をできる事になりました。留年するときはあっけない物ですが、進級するときもあっけない物なのですね。これで私の3年間の大学1年生が終わりました。

私が1度目の留年をした理由

私は1年次に数学系科目7つを落として留年をしました。一方で他の科目は履修をした物はきちんと単位を取得しました。ここまで読むと数学ができずに留年したような印象を受けますが、決してそんな事はありません。
私が留年した理由は実行能力の低さが原因だと考えています。この場合は家庭学習(課題を除く)に対する実行能力を指します。たまたま家庭学習をする必要がなかった講義の単位は取得でき、それ以外の数学系科目の単位が取得できなかったのだと思います。

私が2度目の留年をした理由

私が2度目の留年をした理由は、負のスパイラルに陥ったからです。留年を悪と捉え、留年をしてしまった自分に社会的価値は無いと判断しました。毎日毎日自身を卑下して何もしたくない状態が続いていました。結果として停滞を生み、1度目の留年の失敗をいい方向へ活かせず、改善をする事ができないまま闇雲に1年を過ごしてしまった事が原因です。

留年とお金

留年をしても支払う学費の額が変わる事はありません。履修する講義の数に関わらず半期で約25万円、年間で約50万円と、常時と同じ額です。
奨学金の貸与は停まります。奨学金は優秀な学生でありながらも経済的に大学生活を送る事が困難である学生に対しての制度なので、留年は前者の条件が学業不振という理由から貸与を受ける事ができなくなります。
しかしながら、きちんと単位を取り直して進級をした上で申請を提出すると奨学金は復活して従来通りの貸与を受ける事ができるようになります。
私は最小限度額ですが奨学金を生活費に充てていたので、奨学金無しでは生活ができないことから、留年が決まってからアルバイトをすることになりました。

留年とアルバイト

私は学生2年目は携帯屋さん、3年目以降はWEB屋さんで働いていました。就職活動を踏まえた上でなるべく将来の仕事に直結しそうなアルバイトを選んでいました。いずれも本来は学生が大学で学業に励んでいる時間帯のお仕事ですので、出勤できる人は限られてくるのですが、留年生は膨大な時間と非常時に融通が効く事から非常に重宝されます。どちらのアルバイトも自らの意思で月に約100時間ずつ働いていました。相当なお金を得ましたが、それ以上に様々なスキルを身につける事ができました。
(いずれの職場もとてもよい環境です 興味のある方がいれば是非紹介するのでご連絡ください)

交友関係

留年前から親交のあった同級生とは今でも学内で会えば会話をしますし、ご飯を食べにも行きます。留年したからと言って「今日から絶縁な!」みたいな事は私の周りでは一切ありません。
一方でそれなりに顔を知っているけれど交流が一切無い人からの反応はとても怖いです。「あぁ、留年した奴だ」「お、あいつ大学辞めてなかったんだ」といった目で見られているような気がします。結果、私は大学ではなるべく下を向いて歩くようになりました。また、階段は嫌でも顔を上げて歩かないといけないのでなるべく使いたくないようになりました。

留年通知書

留年は両親に絶対バレます。セメスターの終わりに自宅と実家に成績通知書が郵送されますが、その書類に留年通知書が同封されているの隠し通す事は不可能と言っても過言ではありません。ただ、成績通知書は長期休暇が始まってから一ヶ月と数日後に届きます。すなわち2月から4月までが春季休暇ですが、発覚するのは3月10日頃となります。
もしこの時点で両親に留年が伝わってから来年度からの処遇を決める場合、約20日しか残されていません。休学や退学をする事になったら大学側やアパート、下宿の管理会社との間で様々な処理を行わないといけない事になりますが、圧倒的に時間が足りません。少しでも留年の可能性があるのであれば自らの口から早めに伝えておく事を推奨します。
私の場合は2度の留年がありましたがいずれも自分の口からは伝える事ができませんでした。両親に失望感を抱かせてしまう事に強い恐怖心があったからです。
しかし、実際に両親と話をしてみると二人は嫌な顔をせず、私の事を信じて応援をしてくれました。一方で私は、私の事を信じてくれる両親を信じきれませんでした。この事は今でもとても後悔をしています。

留年 or 休学

前期だけで留年が決まってしまった場合であれば、その翌年の前期で落とした単位を回収して後期を休学する事ができたのですが、私の場合は前期と後期のいずれでも単位を落とした為に休学はしませんでした。半期休学をした場合の学費は1セメスター分のみで済むので、半期休学できる可能性がある方は死に物狂いで狙ったほうがいいと思います。

留年生の就職

現状はわかりません。ただ、このテーマは私が就活を迎えた時に改めて共有しなくてはならない知見になると考えています。
留年生の就活レポートを読むとほぼ100%の確率で留年を指摘されるそうです。ただ、留年した理由と留年している間に得たことを明確に説明する事ができれば問題は無いとも多く報告があります。
私が就活を終えたときにも報告をしたいと思います。

私なりの留年の捉え方

留年は「マイナス」ではあるけれども「悪」ではありません。悪と捉え、留年を引きずる事こそ最悪のケースでしょう。このケースの多くは負のスパイラルに陥り、多留を生むからです。
留年をして失ったものを数えるのではなく、留年をしたからこそ得られる物を見つける作業の方が私は大切であると考えています。 留年をした分必死に勉強をする事も、膨大な時間を資格取得や読書に費やすことも、余分に生まれた一年間を使ってサークル活動に熱を注ぐことだって、アルバイトに精を出す事でも、どれも素敵な事だと思います。上記の事以外にも有意義な事がきっとあるかもしれません。落とした単位を取得する事は前提ですが、留年期間中は自分が楽しさを見出しながらできることをするのが一番だと思います。
自身を卑下、悲観して「停滞」をする事こそが悪なのではないでしょうか。

留年予備軍と留年生へ

私は全ての留年生に価値を見いだせる留年期間を過ごして欲しいと考えていますし、できることならこれ以上留年する人を増やしたくないという思いがあります。そして、私は全ての留年生の味方でありたいと思っています。
もしも「留年しそう」「留年したけど多留しそう」等、悩んでいるけど誰にも相談できずに困っている方がいましたら是非連絡をください。すぐにベストプラクティスは提示できませんが、一緒に解決案を模索できればと思います。
下記のコメント欄でも私のTwitterアカウント(@ore_0)のDMでも構いません。どんな些細な事でもOKです。私にお手伝いできる事があれば全力でサポートします。

最後に

大学生活も4年が経ちました。たくさんの方に支えられて貰ってようやく2年生になることができました。
未だに私と交友関係を持ってくれている同期のみんな、留年生でありながらも分け隔てなく共に過ごしてくれるコースのみんな、
様々な場面で私を支えてくださる先輩方、私に対して家族のように親身に接してくださる携帯屋さんのスタッフの方々、 学業を優先しながら働かせてくださったり、いつも私の悩みに親身に向き合ってくださったり、迷惑をかけながらも私の我儘を聞いてくださるWEB屋さんの方々、
そして私の留年を受け止め、私を信じて応援をしてくれる両親に伝えても伝えきれない程、とても感謝をしています。いつも本当にありがとうございます。これからもご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。

乱文、拙文ですがここまで読んでいただきありがとうございます。 日を改めて記事をリファクタリングしたいと考えていますので、その際はどうぞよろしくお願いします。

明日の担当はichiren1さんです!楽しみですね!!